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毎日のように物騒な事件が新聞紙面を賑わす現代で、これから生きていく子供たちのことを思うと不安が大きい。でも悲観ばかりしていてもしょうがなく、自分に何ができるか考えるしかない。生きていくことは辛いと思う時がくるかもしれないけど、寄り添っていく相手がいればきっと素晴らしいものになる。言葉にすると、ありふれたものになってしまうかもしれないが、自分を支えてくれた方々への感謝と、未来の子供たちへのメッセージを自分なりの方法で込めているのかもしれない。


二つのシルエット、それは「人生」と重なるから儚く美しい。ただ綺麗なだけの花の写真を飾るなら実際の花を生けた方がいい。「絆」を意識して、お互いの植物が絡み合い、美しいフォルムを醸し出す一瞬を刻むために写真を撮り続けた。しかし、当初は漠然とスタートした部分は否めない。7年の制作期間には「死別」や「生誕」を目の当たりにし、生きることの「美しさ」、「歓び」、「脆(もろ)さ」、「苦痛」、「儚(はかな)さ」、などを凝縮して経験した。だから、撮り始めた頃と7年後では同じ自分ではなかった。


この作品が見る人の鏡になってくれたら嬉しく思う。そして、側にいてくれる誰かの「呼吸」を感じながら生きることの歓びに気付いて、世界が少しずつ優しい方向へ歩き出すことと信じる 2010年 12月


先般の震災を境に僕たちの生活ばかりか、価値観までもが変質したように思う。いや、自然の驚異の前には人間の価値観などささやかなものだ。あらためて自分にいったい何が出来るだろうかと考えたが、日々伝わってくる被災地の方々の生々しい言葉に逆に励まされる思いだった。写真で何かを変えたいと思うのはおこがましいことかもしれないが、せめて深い悲しみを抱えてしまった心に慰めの作品となればと願う。 2011年 春   高崎 勉




ここ何年か、追い打ちをかけるようにいろいろなことが起きました。日本経済の衰退、そして大震災。生きているうちに、これ程大きな天災が起きるなど誰も思いもしなかったでしょう。でも、まさかということが起きるものなのです。それを想定して、たくましく生きていく術を備えておくことも必要だとあらためて認識しました。
今回の「Breath.展」は写真家 高崎勉が、7年間の制作期間中に死別や生誕を目の当たりにし、生きることの美しさ、歓び、脆さ、苦痛、儚さなどを凝縮して経験してきた集大成です。こんな不安な時代でも寄り添い、助け合い、家族や人々の絆があって初めて気付かされることがあります。それは、声高に叫ぶ人より、ほのかな息づかいが聞こえるほど近くにいる人の存在でした。身近な人々に目を向けたとき、世界が少しずつ優しい方向へ歩き出すのかもしれません。 ギャラリーヴィグロワ 篠原 英智




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